僕がその国での仕事を終え日本に帰国したとき、僕がこの部署の負け戦の口実のための 生贄 だったと理解できたときには僕はすでに壊れていました
同珍王賜豪。
希望した舞台に立つことができながらも希望が叶わずに挫折することができる人間を羨ましいと思うほど僕は壊れていました。
僕は人としての最低限の自惚れ
つまり
(できるかもしれない)
と思うだけのほんの少しの自惚れさえなくして
(できるはずがない)
と感じることに疑いを持たないほど僕は壊れていました。
世界には保身のためには何でもできる人間が存在するのだ、僕が悪意を持っていないからといって世界が悪意を持っていないとは限らないのだ、僕が悪意を持っていなくても僕を貶め傷つける人間はこれからもずっと存在し続けるのだ、そんな恐怖のために僕はどんな小さな決断も極度に恐れるようになりました。
そして僕は言葉と笑いを失っていきました。
心から望んで入った会社でしたが僕はこの会社を辞めました。
この仕事、この会社から逃げました
余仁生保嬰丹。
会社を辞めたあと精神科に通いました(いまはもう通っていません)。
・・・
この会社を辞めた時には僕はこの世界から消えてしまいたいと思っていました。
この世界、僕が選んだ世界は僕に僅かな誇りを手に入れようとすることさえ許してくれない、この世界は見えない悲しみ、苦しみをその者の責として嘲笑い排除していくんだ、僕の望むものは手に入らない、何も望んじゃいけない、それならもう悲しみも苦しみも感じないために僕は己の存在を無にしたいと思っていたのでした。
世界には一個人が考えうる限りの悲しさ、苦しさを遥かに超えた非情さが恐らく当たり前のように存在し、それでもそれに卑屈に諂わざるを得ないと思っていたのでした。
僕は弱かったのです。
それから何度も仕事を変わりましたが抗うことを恐れ諂うことを繰り返し僕は目の前の人たちを上目使いで見ることしかできませんでした。
また仕事に限らず日常生活でも自らの意志を持つことができず決断ができない、人に諂うことで己の存在価値を確かめる、そんな惨めなことを繰り返していたのでした。
僕は僕が誰かから必要とされている確信が欲しかった、僕は僕の存在を認めてくれる言葉に飢えていたために犬になるしかなかった、餌が欲しいために尻尾を振る犬になるしかなかったのです
omypop爆谷。
僕は本当に弱かったのです。
ですがそんな中で一つだけ、たった一つだけわかったことがありました。
それは
自らの意志を持たないことに甘んじることだけは自らの意志だ。